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サメ軟骨 shark cartilage
 
  代替的ながん治療薬と吹聴される粉末剤。特に派手に宣伝していたのはウィリアム・レーン博士で、博士の会社はサメ軟骨をベネフィンの名で生産している。博士には著書[1]も二冊あり、そのどちらでも、サメはがんにかからない、という大ボラが吹かれている。サメもちゃんとがんになり、軟骨性がんにだってなる。そのため二〇〇〇年六月二十九日、レーンは連邦取引委員会(FTC)から、はっきりした証拠によって自説を裏付けるまで、「ベネフィンその他のサメ軟骨製剤は、どれもがんを予防・治療・治癒します」と主張するのを禁じられてしまった。
  レーン博士は、代替医療がたいてい無益か有害であることを示す見本である。わずかばかりの知識を得て、それを一般化し、奇跡の治療薬の製造会社を起こす。自社の研究や製品の有効性を裏付ける本やら、誤解を招きかねない宣伝文やらを書く。メジャーなニュース番組に安っぽい無批判な話をさせ、その奇跡の治療薬には何かあるのかもしれない、と匂わせる。最終的に彼は批判に対して、批判者たちは共謀して彼の息の根を止めようと画策している、と反論した。どういうわけか旧来の医療の専門家たちにとって、彼の研究は脅威になるらしい。
  独立した立場の研究者が正しい照査基準で、サメ軟骨ががんに限らず何かに有効な治療法だ、ということを実証した科学的研究はない。少なくともひとつの研究では、治療は無効であることがわかっている。その他のことはまだ研究中なのだ*1。
  レーンが触発されたのは、本物の科学者が行なった、がんにかかったウサギとマウスの血流に、ウシとサメの軟骨を注入する研究である。その注射のおかげで腫瘍起因性血管形成、つまりがん細胞に栄養分を供給する血管の成長がいちじるしく抑えられた。しかし、すべてのがんが腫瘍起因性血管を必要とするわけではない。軟骨を口から摂取しても、十分な量が腫瘍のある場所まで到達する≠ニいうことについても、ほとんどの科学者は疑問に思っている。確かに軟骨には腫瘍起因性血管形成に影響するタンパク質も含まれているが、それは吸収というよりも消化されて血流に流れ込み、腫瘍までたどり着くのだろう、と科学者たちは考えている。しかし、サメ軟骨を人の血流に直接注射すれば、好ましくない免疫反応が引き起こされる可能性もあるのである。
  →代替医療
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[1]『鮫の軟骨がガンを治す──副作用のない自然な療法がついに登場!』(今村光一訳、徳間書店<Tokuma books>、一九九四<リンダ・コーマックとの共著>)

*1 サメ軟骨のがんに対する効果については、以前腎細胞がんに対する小規模な比較試験では効果が認められた。だが、その他の研究では、乳がん、大腸がんを対象にした比較試験では効果なし (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15912493?ordinalpos=10&itool=
EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum)、
肺がんに対する比較的大規模な比較試験でも効果なしと判定されている
(http://www.eurekalert.org/pub_releases/2007-06/ uotm-scs060107.php)。
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