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回帰の虚偽 regressive fallacy *回帰の誤謬
 
  因果関係を考察する際に、自然かつ当然に起きる変動があることを考慮に入れるのをおこたること(★262 二六<四一>)。株価やゴルフのスコア、慢性的な背中の痛みぐあいといったものは必ず変動する。株価の安値、ゴルフの低スコア、痛みがほとんどない(あるいはまったくない)といった時期のあとには、いずれ高値、高スコア、もっと激しい痛みの時期がめぐって来る。こうした当然の変動や傾向を無視すると、やがて原因に関して事後の推論(→因果の虚偽)を用いることとなる。
  たとえば、背中の慢性的な痛みや関節炎に悩むプロゴルファーの場合、試しに銅のブレスレットを手首に巻いたり、靴の中敷を磁気性のものにしてみたりするかもしれない。この手のものを試すのは、不調のときの可能性が高い。やがて、ゴルフのスコアが上がってきたとか、痛みが少なくなったり消えたりしたと気づくと、それは銅のブレスレットや磁気性の中敷のおかげだ、とそのプロゴルファーは決めつける。スコアや痛みがよくなりかけているのはたぶん、あらかじめ予想のつく当然の変動の結果だということには、決して思いいたらない。また、この手のものを使う前のスコアの記録をすみずみまでチェックし、同様のパターンが過去にもあったかどうかを確かめてみるべき、ということにも気づかない。自分の平均のスコアをもとに考えれば、非常に悪いスコアのあとにたたき出されるのは、さらに悪いスコアではなく、平均値に近い高めのスコアである≠ニいう傾向があることにきっと気づいたはずなのに。同様に、非常にいいスコアのあとには、さらにいいスコアをたたき出す傾向はなく、むしろ平均値に近い低めのスコアにとどまることにも気がついただろう。
  フランシス・ゴールトン卿(一八二二〜一九一〇)は、非常に身長が高い両親の息子たちの平均身長と非常に身長が低い両親の息子たちの平均身長に関する研究の中で、極値から平均値へ向かうこの傾向のことを回帰(リグレッション)と呼んだ(「身長の遺伝における平均への回帰」<一八八五>)。非常に身長の高い両親の息子たちの身長は高くなる傾向があり、非常に身長の低い両親の息子たちの身長は低くなる傾向があるが、彼らの両親ほど極端に身長が高かったり低かったりするわけではない、ということをフランシス・ゴールトン卿は見いだしたのだ。
  回帰の虚偽のせいで、役に立たない治療法を治った原因と信じこんでしまう人も多い。関節炎、背中の痛み、痛風その他、慢性的問題に起因する痛みの程度や長さは絶えず変化する。鍼(はり)、カイロプラクティックの脊椎マニピュレーション、磁気ベルトといった治療法は、そうした痛みが最悪のときに行なわれる公算が大きい。そして痛みはたいてい、行きつくところまで行くと弱まりだす。行なった治療法のおかげで痛みがやわらいだ、と考えて自分をだますのは容易である。科学者が対照実験(→比較試験)を行なって原因に関する主張を調べるのは、こういう場合の因果関係について人はあっさりと自己欺瞞にはまりかねかないからでもあるのだ。
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